今回は「『
小説 恐怖の裁判員制度』補足」の第3回「裁判員にされない方法」です。少し長いので2回に分けて掲載します。
本日、いよいよスタートしました。19日には2時間ドラマがテレビで放映されたり、メディアはムードを盛り上げるべく、こぞって特番や特集を組んでいるようです。これまで反対を口にしていた有識者(?)なども「スタートしたのなら円滑に進むことを望む」とか「成功を期待したい」というようなコメントを吐きはじめています。「徹底反対」「徹底抗戦」というトーンとはかなり違うみたいです。ソクラテスの「悪法も法」とでも言いたいのでしょうか。雨宮惜秋はそういう簡単に翼賛されてしまう生半可なインテリ(?)諸君とは全く違います(井口哲夫)。
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『小説 恐怖の裁判員制度』補足
第3回:裁判員にされない方法 雨宮惜秋 最近になって私は、政府と行政当局は今まで私が認識していた以上に凶暴で危険な存在なのだと思うようになりました。なぜ、私がそのように考えるようになったのかというと、政府と行政当局は4月23日の深夜に泥酔して公園で裸になったテレビタレントを逮捕留置してその上に自宅の家宅捜索までやったからです。しかもそれだけでは飽き足らず、政府の要人がマスコミを通じてそのタレントの人格までもクソミソにこき下ろしたからです。
本来ならば、この事件はトラ箱入りで酔いが冷めるまでこのタレントを保護してやり、素面に戻るのを待って調書をとって帰宅させるという程度の、単なる酔っぱらいの不始末でしかありませんでした。
明らかに当局は事件を作り上げ拡大し、なんらかの目的を持ってこのタレントを血祭りにあげるべく行動したのに違いありません。家宅捜索までやったのがその証拠です。私は当局の意図とは、当時マスコミの集中砲火を浴びせていた政治家の複数の金権汚職事件から世間の注目をそらそうとするところにあったのだと思っています。恐怖政治はすでに始まっていると考えなくてはなりません。
当局の都合によってとるに足らない些細な落ち度を引っ掛けられていつブタ箱に放り込まれるか分からないという、そんな恐るべき時代が到来したのだと思います。そうだとすれば、挑戦的・挑発的態度で裁判員拒否の行動に出るのは作戦的に得策ではないように思われます。
何といっても危険な相手と対峙するに当っては、それ相応の慎重さが必要だと思うからです。それに裁判員に徴用されるのは法律の素人ばかりですから、その意味でもなまじっかの法律論を振り回して、逆に裁判所側につけ込まれないように注意しなければなりません。裁判員制度という異様な
システムに対しては、できる限りかかわらないように工夫するのが、最も安全な方法であり、態度でしょう。
なお、裁判員制度の
運営に直接従事するお役人の本音と関心事を理解しておくことは大切です。それがどのようなことかというと、国民からは総スカンを食らっているこの危なっかしい新制度が何とか順調に開始されて大過なく進行してくれること、そして何らかのトラブルが発生したとしてもその責任を自分がとらずにすませたいと考えているはずです。これは役人一般に共通して言えることです。そこでこの点にコミットして、徴用逃れを工夫すればかなりの確率で成功できるのではないかと思われます。実務に携わる事務方の役人の背後に潜んでいる“巨悪”とは直接の対決は避けた方が賢明だと考えます。何といっても個々の人間はあまりにも小さくて傷つきやすい存在なのですから。
裁判員徴用逃れ その1 「門前払い考察」 昨年発表した私の『小説 恐怖の裁判員制度』の中で述べた《召喚状の受取り拒否作戦》を、今回この場で訂正し、推奨しないことにします。質問票や呼び出し状に対して、この受取りを拒否して返送する、あるいは受け取っていない、どこかで紛失してしまったのかも知れないが、自分は知らないなどとしてシラばっくれてしまう方法は、実際問題としては有力な方法ではありますが、制度の背後に潜む“巨悪”がこのような方法に対してかなり神経をとがらせているように思われるからです。
質問状の受取り拒否による返送に対しては「強引な召喚」を行い、郵送されていない、知らないという逃げに対しては「事実関係を
証明して厳罰主義の報復」に出るという可能性がわずかですがあります。裁判員制度が無事に始まって国民が従順にこれに屈服するまでは、当局には報復を実行する余裕はないはずですが、その意図は常時あり続けると思います。より合理的で安全な方法を工夫したいと思います。
裁判員徴用逃れ その2 「不出頭について」 裁判員候補者として呼び出されたのに、出頭しなかった場合には、最高10万円の過料が命じられます。ところが、この10万円の過料は、ほかの懲罰に比べて格段に罰則としては軽いのです。罰金には前科がつきますし、守秘義務に違反すれば懲役です。しかもその守秘義務たるや一生涯の義務なのです。もしも裁判員を務めて10年後に忘年会の席上で昔語りに裁判について話したとします。それを誰かにチクられたらブタ箱に直行することになります。
このようなことを考慮すれば10万円の過料を支払うことによって複雑怪奇な裁判員法の懲罰をクリアーしてしまうのは、賢明な方法だといえるでしょう。
面白いことに過料については理論上はこれを支払うことを拒絶して、ほぼ無限に争い続けることができます。このことについては、元判事である西野喜一氏の著書『裁判員制度の正体』(講談社現代新書)に詳述されています。次に要約します。
過料の支払いを命じるのに当って、裁判所は検察官と当事者の意見を聴取した上で金額を決定しなければなりません。これが不服ならば当事者は高裁に上訴することができます。高裁の支払い命令に対しては、裁判員制度は憲法違反であるという理由で、最高裁に不服申立てすることができます。最高裁でこれが退けられたとしても、この過料を支払う必要はありません。その場合、国は当事者から強制的にこれを取立てなければなりませんが、そのためには国は強制執行の申立てをしなければならないのです。つまり国は差し押さえをして過料を取立てなければならないのですが、これには対抗措置があって「請求異議の訴え」「執行抗告」「執行異議」などを繰り出して争い続けることができます。訴訟マニアにとっては生涯の
ゲームになるかもしれません。
もしもまともな野党とかつての総評のような労働
組合が存在していたならば、これらの組織の
バックアップを受けながら裁判員制度に反対する人々が全国規模で不出頭による過料不払い闘争を展開したならば、裁判員制度を粉砕することなどは朝飯前の仕事だったのにと、思わずにはいられません。しかし今や国民は誰もが個人として孤立しています。自分の身と生活は自分の力で守らなければならないのです。
さて、これらの事柄を踏まえて裁判所に呼び出されずにすむ方法を考えます。裁判所からの呼び出しの手続きは次の通りです。
―――裁判が3日程度で終わる事件の場合、地裁は呼び出し状と質問票を同封し、裁判員候補者に初公判の6週間前頃に発送する。呼び出し状には裁判員を選ぶ選任手続きの日時やその後の公判日程を記載。候補者は質問票に裁判員になれない職業についているかどうかや辞退希望の有無を書いた上で10日以内に返送する。辞退を希望する場合は、仕事や家庭の都合など具体的な事情を記載する。
裁判が長期にわたる場合は、各地裁は選任手続きの8週間前頃にまず質問票のみを送付。返送された質問票の内容を見た上で、参加に支障がない候補者のみに呼び出し状を送付する。呼び出し状が届いたのに正当な理由がないまま選任手続きを欠席すると10万円以下の過料となることがある。質問票に虚偽の記載をすれば30万円以下の過料か50万円以下の罰金―――となっています。
裁判員徴用逃れ その3 「質問票の書き方」―――辞退を希望する場合は、仕事や家庭の都合など具体的な事情を記載する―――ということですから、その通りに簡単明瞭に書き記します。その上でこのような人物を召喚するのはなんらかのトラブルの元になりかねないと事務方の役人が考えるようなメッセージを送ります。
辞退事由に該当する場合
・70歳以上の者――はその旨を書き記して辞退すればよいでしょう。
・ 重い疾病・障害のあるもの――は辞退と記載して医師の診断書、障害者手帳の
コピーなどを同封すれば完璧でしょう。
・ 同居の親族の介護養育に当っている者――同居の親族の介護については病人のそばを離れるわけにはいかないとだけ記載して医師の診断書を添付すればそれで十分だと思います。しかし同居の親族の介護養育に当っている者については単純に辞退を認めるとは思えません。なにしろ裁判所内に託児施設を作っているところまであるそうですから、当局は国民皆徴用に異様な執念を燃やしているように思われます。まだ赤ん坊で授乳やオムツの取り替えを必要としている年齢ならば無理にも出頭しろとは言わないでしょう。そのことをハッキリと書いておきましょう。保育園や幼稚園くらいの年齢の場合には、ひと工夫が必要だと思います。この場合には、
子供の養育には神経過敏になっている母親という立場でコメントしておくのが上策だと思います。裁判所から質問票やら呼び出し状などが送られてくれば、神経質になるのは当たり前ですからそこを強調します。
例えば、母親である自分はもともと神経過敏で臆病なために裁判所からの書類を受け取って以来すっかり神経がまいってしまった。子供もそのためかコンディションを崩したりしている。自分には裁判なんて恐ろしいことはできない。まして子供と離ればなれになるなんて心配で心配で裁判なんてできない。途中で退席してしまうだろう。自分を呼び出さないで下さい――というように、しつこく細かい字でびっしりと書き込んで、こんな神経質な人物を呼び出したらトラブルの元だと思わせることができれば成功です。
・ 仕事上で重要な用務を抱えている者、父母の葬式その他社会生活上重要な用務を抱えている者――この場合、父母の葬式についてはここでのテーマにはなりません。社会生活上重要な用務については、それを判定するのは裁判所当局です。最高裁判所制作のCMドラマを見る限りでは、一般市民には仕事上も社会生活上も重要な用務などというものは99%存在しない、という立場で臨んでくるものと思われます。そこで、どのように対処するかですが、次の2種類の
やり方が考えられます。
以下は、次回に。